からだを信じて生きてみる

なでしこ合気道という名前で、三枝流メソッドを伝えています。三枝誠(龍生)の娘ブログ。

ひょうたん猿のハナシ。

 

昔、どこかで読んだ

「 ひょうたん猿 」の話は、大人になってもよく思い出す。

 

そう、特に “ 手放すこと ” を意識する時。

 

 

 *   *   *   *   *   *

 

「 ひょうたん猿 」

 アルジェリアカビール地方の農民は、
 ひょうたんを木にしっかりとくくりつけ、中に米粒を入れておく。
 ひょうたんには、サルの手がちょうど入るくらいの穴が開いている。

 夜になると、サルは木のところに来て
 ひょうたんの穴に手を突っ込み、米粒をわしづかみにする。

 そして、握った手をそのまま引き抜こうとするのだが、きつくて抜けない。
 手をゆるめればいいのに、そこまで知恵が回らないのだ。
 
 夜が明けると農民に生け捕りにされるわけだが、
 その時のサルは、米粒をしっかり握りしめたまま
 実に、間の抜けた顔をしているという。

 

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こんなお話です。

 

これを読んで、

あなたは何を思いますか?

 

 

猿も人間も変わりません

 

米粒を手放せば、自由は手に入るのに

目の前のことに居着いてしまって

気づくタイミングすら逸してしまっている

 

私たちにだって、よくあること

 

でも、はたから見れば、何とももったいない話。

この話の猿に至っては、生命の危機に関わることでした

 

 


手放せば、

手に入れられる別のものがある。

 

 

自分が何かに集中してしまっている気がしたなら、

「ひょうたん猿」の話を思い出してみてください。

 

 

 

落ち着いて、自分を眺めたとき、

違う答えが浮かぶかもしれません。

 

 

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 そう、明日は我が身です。