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からだを信じて生きてみる

なでしこ合気道という名前で、三枝流メソッドを伝えています。三枝誠(龍生)の娘ブログ。

質量のある言葉と出会う。


ネットで情報がインスタントに手に入る時代だからこそ、
言葉というものが軽くなって、
検索一つで、モノゴトを理解できた気になれる。
そんな時代だ。

情報が瞬時に手に入ることは、便利だし、とても有難い。
けれど、時間をかけてゆっくりと吸収し、
咀嚼し、理解して、身になることがある。
そういう経験を積んだ人の言葉は、深くて、重い。
言葉には、質量があるのだと思う。


私が質量を感じる言葉に、
「断捨離(だんしゃり)」がある。

読みがなを書く必要は、なかったかもしれない。
それくらい、今では、認知度が高い。
しかし、認知度と理解は比例しない。


前回少しあいまいに書いた部分がある。
それは、「今の私に相応しい」モノ選びについて。

実は、「なりたい自分に相応しい」モノ選びだと記憶していた。
本を読み返したら、“今”の私と書いてあった。


断捨離の行程を辿っていくと、本当の自分に会えるようになる。
それは、会いたくなかった自己否定的な自分かもしれないし、
いろんな過去を引きずっている未練がましい自分かもしれない。

でもそれは、ご対面した時の一瞬の顔であり、
断捨離が進むと、
意外と変われる自分、頼れる自分、
思い込みが強かっただけで本当は自立できる自分など。
そういう色んな顔が見られるようになる。
そして、
その行程を見守ってこれた自分に、自信が湧いてくるようになる。


すると、自己肯定的な思考が高まってきて、
「今の私に相応しい」モノは、
「なりたい自分に相応しい」モノだと感じられるようになる。

ここまで来れば、自分を大切に想うことができて、
相手のことも許すことができるようになってくる。

そして、「なりたい自分に相応しい」モノに囲まれているうちに
まさに「なりたい自分」に近づいていることに気がつくはずだ


私は、断捨離を知って、
より自分を好きになれたし、
自分をご機嫌にさせることで、人にも優しくなれたと思う。


質量のある言葉に出逢えることは、
言葉を使用する人間として、喜びだ。


まだ道半ばの私が断捨離を語るのも気が引けるけれど、
断捨離は、奥が深いんだよなぁ。

 

nadeshikokana.hatenablog.com