からだを信じて生きてみる

なでしこ合気道という名前で、三枝流メソッドを伝えています。三枝誠(龍生)の娘ブログ。

願解き。

 

「願解御礼(がんけいおんれい)」や

「願解き(がんほどき)」という言葉がある

つまりは、お礼参りのことですが、

そのセンスがとても好きで実践している。

 

お礼参りとは願解御礼がんかいおんれいとも言い、祈願やお参りの際にお願い事をされた後、祈願が叶ったら詣でて、祈願を解き(願解)、いただいたお札などを納めることをいいます。

参考サイト http://www.kigan.info/thank.html より

 

私が、願解きを意識するようになったのは

知人のこんな話を聞いてから。

 

ーーーーー

ある男性が、

なかなか良いご縁に恵まれないので

これまでを振り返った時、

今までお付き合いをした女性と

縁結びの神社に参拝していたことを

思い出しました。

残念ながら、

歴代の彼女とは別れてしまったけれど

縁結びを願ったままだったではないか!

と、はたと気づくのです。

 

そこで、これまで参拝した神社に

“願解き”をする旅に出掛けます。

 

一通り、御礼参りを終えるのですが、

最後の神社が思い出せません。

「たしか、あの辺りだったはず。。。」

と記憶を頼りに歩くのですが、

見つからない。

 

日を改めて、また出掛けてみるのですが

やはり、見つけられない。

そこで、近所のお店に聞いてまわると

一人のお客さんが

心当たりのある神社を教えてくれます。

これまでの経緯を話すと、その人は

「ぜひ、ご一緒させてください」と

最後の願解きに同行します。

 

ようやく、全ての願解きを

終えることができた男性は、

御礼にその女性と食事をし、

無事に帰路についたのでした。

 

 ***

 

そう。

もうお分かりのように

その男性は、その日たまたま出逢った

その女性と後に結ばれ、

二人は家族になったそうです。


ーーーーー

 

その話を聞いて以来、

何かお願い事をしたら、その御礼をする。

たとえ、希望通りの結果が出なくても

コトが終わったり、区切りがついたら

御礼と報告をするようにしています。

 

お願い事も断捨離と同じ

One out, one in.

 

お願いしっぱなしで

お願いしたことすら忘れていたり、

お願いタスクだけが溜まる一方では

先方もやる気が出ないというもの。

 

人は、困った時には、謙虚になれるのに

悩みがなくなれば、ゲンキンなもので

ケロッとしている生き物。

だからこそ、

まずは自分が意識できる範囲から

統制を取って、片をつけておきたい。

 

 

先日、願解きをしに、

ある場所へ向かいました。

記憶を頼りにやっと辿りついて

御礼と報告をしてきたら

心なしかスッキリして。

その夜、たまにお目にかかる知人には、

「今までで一番いい顔してるね」と

言われたくらいなので、

あちらの耳に“ 願解き ”が届いたんだなと

安心したのでした。

 

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目に見えないモノほど

まるで無くなってしまったかのように

都合よく考えてしまったり、

うかつに取り扱ってしまいやすいけど

そのあたりを大切にできる人が

目に見えないものの大いなる力を

享受できるのかもしれません。

 

 

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雑多な毎日に追われていると

時間にゆとりもなく、実現させにくいですが

「やろう!」と決めると

ある時、ポッカリと時間が空くのが

こういう儀式の不思議です。

 

 

  

 願い事つながりで、こんな記事も。

nadeshikokana.hatenablog.com

 

 "One out, one in." については、最近の記事でも熱く書いています。

nadeshikokana.hatenablog.com

nadeshikokana.hatenablog.com

 

 

岡山に行ったなら。

3年前の旅日記より

ーーー

 

「僕らには、お金は無かったけど、

その代わりに時間はあったからね」

彼は、爽やかな表情で、そう言った。

東京から岡山県総社市に移住した

ステキな若夫婦の古民家に、

直接会うのは初めてにも関わらず

快く泊めさせてもらい、

3泊4日の岡山出張はスタートした。

新たな土地で、

家も、仕事も、畑も手に入れ、

そして家族も増えて。

着飾ることより、肌触りを選んだ服を着て、

必要とあらば、ダブルワークも難なくこなし

家の蛇口をひねると山水が流れ、

目の前の畑から採れた新鮮な野菜を食べる。

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借景の美しきこと。

でもそれ以上に

“お金がない”ことを言い訳にせず

自分達で切り拓いた、その道が

何より豊かで、眩しくて、美しく見えた。

彼らの決意と価値観にハートを射抜かれた

そんな印象深い旅でした。

 

ーーー

あれから、3年の月日が流れ、

新たな場所も整って、

その人、五十嵐ナオフミ氏が

整体院をオープンしました。

 

物腰が柔らかくて

優しい笑顔がステキな方なのだけど

キラリと光るその瞳から

強い意志と消えない情熱の持ち主なのが

伝わってきます。

 

自分のからだは、

自分が向き合うことが一番だけれど

相談できる他の誰がいることも

また、精神衛生上とてもよいと

私は実感しています。

 

 

岡山に行ったなら、

私はあの人に会いに行く。

 

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ご縁のある方が出逢えますように

心から願いつつ。

オープンおめでとう!!

 

 

 五十嵐ナオフミ先生のHPは、こちら。

からだが喜ぶ調味料なども

販売しているのは、流石です。

 

 

 

今回の関連記事は、

食卓について書いた、こちらをシェア。

nadeshikokana.hatenablog.com

 

その勢いを止めてはならぬ。

 

個々には、個々それぞれの

生命(性)エネルギーがあります。

 

そのエネルギーを

上手に誘導して、流してやること。

それこそが、そのカラダの持ち主の

役割なのだと思っています。

 

生命エネルギーが滞ったり

詰まったりして、逆流してしまうと

自暴自棄になるのは、もちろんのこと

大きなケガや事故を招いたり、

病気をしてしまうことがあります。

それ以上に、

本人は何とも苦しい胸中に陥るのです。

 

 

例えば、A地点からB地点に向かう時、

A→Bに、まっしぐらに向かえば

最短距離・時間で着けそうですが、

人生においてのB地点は

そもそもどこの何かも分からない

場合がほとんどで

だから、一旦、C地点に向かってみたり

途中で引き返したりして

ようやくB地点にたどり着くもの。

 

たどり着いてみれば、

「そうかここがB地点だったのか」

とあっさり気づき、理解できるのですが

ずいぶん無駄な足取りを辿ったなと

思ったりするものです。

でもそれこそが生命エネルギーの為せる技で

また、必要な寄り道で経験。

 

 

現状を突破する時、

怒りに近いエネルギーが渦を巻くように

人を勢いづけてくれます。

そんな勢いを感じた時は、乗る!

その勢いを捉えて、自ら壊さないこと。

いくら、大きな壁が行く手を阻んでも

その勢いを止めてはならぬ。

 

目指した道が結果的に遠回りであっても、

生命エネルギーに素直でいたいものです。

 

どうしたって突き破れない壁ならば

タイミングが違ったというだけ。

虎視眈々と、勢いの火種を絶やすことなく

温めておけばいい。

簡単に諦めがつくのなら

それは勢いじゃなく、意気がりというもの。

 

大きな壁が

大切な友人だと思っていた人であったり

 時に、肉親であったりすることも多々で。

そこが人生の面白みでもありますよね。

  

行ってみてダメだったら

戻ればいい。

 戻って、『お帰り』が言えないような

人間関係ならこちらから願い下げです。

 

いずれにしても、

自分で消火活動をしてしまうと

次は誰かの“勢い”を躍起になって

止めてしまうでしょう。

 

 

だから、

その勢いを止めてはならぬ。

ならぬのです。

 

 

『獅子は子を谷へ落として其の勢いを見る』

という言葉がありますが

いっそ、力強く突き放してあげたいものです。

 

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今、勢いを感じている人へ。

勢いをもった人を見送る人へ。

 

 

 

 

 

関連記事はこちら。

nadeshikokana.hatenablog.com

nadeshikokana.hatenablog.com

 

 「ニュー・シネマ・パラダイス」は、

全力で友を突き放す友情が観れるステキな映画です。

nadeshikokana.hatenablog.com

 

 

 

 

ロマンな秋。

 

窓から入る風が、

すっかり秋めいて気持ちいい。

 

一昨日は、

けたたましい Jアラートの警戒音に

何事かと家族で顔を見合わせ、

3.11のころの緊迫した空気感が

一気に押し寄せ、思い出されました。

あの時も

気持ちが休まらなくて、

心が疲弊していく人々の姿が

印象的でした。

 

 

心を休めることも大事。 

 

本や映画や音楽は、

流行りのものより

ご縁で出逢ったものを楽しむ方です。

今はまさに、収穫の秋、という感じ。

 最近のお気に入りをシェア。

 

【小説】「窓がない部屋のミス・マーシュ」

現実をしっかり見据えていながらも、信じる心は失わなくていいんだよ、と優しく教えてくれる作品。ミステリーという枠を超えて、じんわり温かい気持ちになれます。こういうのが、女のロマンなんじゃないかな。

 

 【映画】ニュー・シネマ・パラダイス

言わずと知れた名作も、どんなタイミングで出逢えるかで届くメッセージは変わってくる。耳に心地いいイタリア語と、艶っぽい音楽に魅せられます。映写技師アルフレードは、エナジーカラー白。演技とは思えないほど、彼の心の機微が伝わってくるのが、たまりません。

 

 【音楽】JOSS STONE 「Soul Sessions」

ソウルフルな歌声が、心をグッと掴んでくる現30歳の歌姫。古きよきソウルを引き継いでいる若者、というのが素敵。特に、1曲目「The Chokin' Kind」がイントロからイイ!!

Soul Sessions

Soul Sessions

 

 

脳というのは、

それまでと違う使い方をすることで

疲れが取れるといいます。

脳や気分の切り換えに上手に活用して

今日という日をごきげんに過ごしませんか。

 

 

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そうそう。

小さな秋の実り、

フルーツほおづきを

ステキ女子からプレゼントされて

心の豊かさを受け取っています。

 

 

さぁ、明日からは9月!!

 

 

 

なでしこ倶楽部、今月はお休みです。

 

8月・9月のなでしこ倶楽部の日程を

アップしていましたが、

今月は、お休みとなります。

 

 

よろしくお願いします。

 

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雲の上は、いつも晴れ。

出張中のフライトより。

 

人は、海藻。

 

人は、ゆらゆら揺れている。

ピンッ!と立っているつもりでも

人は、揺れながら立っている。

 

例えば、

橋は揺れるように設計されている。

揺れることで、加わる力を分散させ

重みに耐えられるように出来ている。

揺れなければポキッと折れてしまうから。

 

 

野口体操の野口三千三(みちそう)氏は、

こんな風に、人体を表現しました。

「生きている人間のからだ、

それは皮膚という生きた袋の中に、

液体的なものがいっぱい入っていて、

その中に骨も内臓も浮かんでいるのだ」

原初生命体としての人間 ― 野口体操の理論(岩波現代文庫)

原初生命体としての人間 ― 野口体操の理論(岩波現代文庫)

 

 

骨格を見て、固体的なイメージを

持ちやすい人体に対して

頭を叩かれたみたいな衝撃的な描写。

圧巻の表現力。

からだと向き合うことをしてきた人には

なんとなく、腑に落ちるかもしれませんが

そうでない人には、極端に聞こえそうです。

 

でも、本当は

それだけ柔らかく、変幻自在ということ。


 

女性の身体を観察していると

肩や上腕を力んで使う人が

とても多い印象をもちます。

私もひとごとではなく。

特に、気負いやすい頑張りやさんは

小さい時から無意識に力んでいますね。

 

肩や腕にばかり力が入ると

いかり肩になり

自然と重心が上がり

ソワソワしやすかったり

緊張を高めてしまいます。

 

 

 重心をおヘソの下あたりに落とす。

さらに、イメージでいいので

足の裏まで落としてみる。

からだの半分以上は、水分だから

からだの中の水が微かに動いて、

全体がゆらゆらとほんの少しゆらぐ。

そんな風に立てるといいですね。

 そう、海藻みたいに。

 

からだはフワッと感じられて

呼吸も深くなって

肩の力も抜けてくる。

ゆらぎに身を任せてみると

ゆらりと感じる。

ゆるやかでしなやか。

強い水流を全身で受けても

へっちゃらな海藻みたいに。

 

その上、人には足がついている。

移動ができる。行動できる。

迷って、間違って、道を逸れたら

自分の足で戻ればいい。

 

ゆれたら、その分、ゆれ戻って

また歩き出せばいい。

タフに、しなやかに。

 

一貫していてブレがない

そんな強さに憧れていたけど。

たまに、弱音を吐いたりして

断捨離に勤しんだりして

目を覚まして、ふんどし締め直して

静かなゆらぎを感じながら

前を向いていけばいい。

 

 

からだも、心も、思考も

そんな風でいいんじゃないか。

と最近思うのです。

 

 

 

 

やました先生のブログ記事を読んで、

妙にホッとしたのでした。

ameblo.jp

 

 

間合いは、ただ一点。

 

“手放し”修行を通して、

間合いについても勉強させられる。

 

断捨離をしていると

モノとの“今”の

適切な距離感を見つけられる。

以前はあんなに重宝していたのに

今は全くその時の価値を感じないモノ。

もちろん、その逆もあるし

必要と思っていたのに、

とうとう出番もなく手放しの対象になる事も

 

残酷なほど、実は明瞭で

でもそれをなんとか見ないでいたい

何かが人それぞれにある。

 

それを研ぎ澄ますのが断捨離であって、

本能はとっくに答えを持っている。

 

モノとの距離感だけではなく、

ヒトとの距離感もまた、同じ。

 

意気投合すると、どんどん近づきたくなる。

でも距離を見間違うと関係は崩れる。

少し人生経験を積んでくると

人との絶妙な適正距離が見えてきたりする。

自然とやってのける人もいるし、

コツがわかってコントロールできる人もいる。

 

その絶妙な適正距離というのは、

変化していくもの。

そこが面白みでもあり、

混乱する所以でもあるわけです。

 

いつも“今”を見る訓練をさせてくれる断捨離は

関係性において適正距離が変化することは

ごく自然であると身をもって教えてくれる。

 

間合いがあるのは、

寂しいことでもなくて

一番心地いい距離感というのがある

というだけ。

それ以上近くても、遠くても

心地よさはイマイチなのです。

 

合気道では、

その時(=“今”)の

相手との正しい間合いは、ただ一点。

総ての条件がピタリと揃う範囲は一つで

それは、点のようにそこに在る。

そんな風に感じています。

 

その一点を一瞬で見抜き、

瞬時に体現できるのが達人で

私は、合気道を通して

その“一点”をとことん知りたい、

そして味わいたいのだろうと思います。

 

 

もちろん、

限りなく近い間合いというのが存在して

だから人は、そんな対象に出逢うと

特別な想いを持ち、

いつまでも大切にしたいと思うのでしょう。

 

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実は、その時こそ、

間合いの学びを最大限に発揮する時

なのです。